はやぶさは、2010年6月13日に帰還しました。これまでの運用についての詳細は「今週のはやぶさ君」をご覧ください
平成24年1月24日
「はやぶさ」サンプル国際研究公募の実施について
宇宙航空研究開発機構(JAXA)は、小惑星探査機「はやぶさ」が持ち帰った、小惑星「イトカワ」の 微粒子(サンプル)の初期分析※を進めてきましたが、この度、微粒子(サンプル)の分析について 国際公募を開始する運びとなりましたのでお知らせいたします。
国際公募は複数回に分けて行うことを予定しており、研究成果が期待できる研究者にサンプルを提供いたします。 第1回目の公募を2012年1月24日より実施いたしますので、別紙の公募概要をご参照ください。
元はやぶさプロジェクトマネージャおよびはやぶさ2プロジェクトマネージャからのメッセージをお届けします。
「はやぶさ」が帰還させた試料の分析については、これまでは、まずスポンサーたる 日本のコミュニティによる初期分析を優先してきました。その成果は、昨年8月の科学雑誌 サイエンスに掲載されました。「はやぶさ」が技術実証プロジェクトとはいえ、大きな科学成果を 発揮できたことは、我が国の宇宙開発50年間の成果であったと考えています。
昨年末には、試料の一部が米国航空宇宙局(NASA) に提供されました。 そして、今回、その試料分析の機会が、世界に開放され、日本のみならず世界の研究者の 英知を集めるべく拡大されたことは、「はやぶさ」プロジェクトに関わった者として、 筆舌に尽くしがたい大きな栄誉を実感するものです。
このことが、我が国の太陽系探査のさらなる発展につながり、また次世代の研究 者へのよき刺激と自信となることを切に願っています。
元「はやぶさ」プロジェクトチーム プロジェクトマネージャ
川口 淳一郎
「はやぶさ」が持ち帰った小惑星イトカワのサンプルが、世界の研究者によって 分析されるということは、非常に大きな喜びであるとともに、ついにここまで来たかと いう感慨深いものがあります。
太陽系誕生時やその後の進化について新たな事実が解明されることを楽しみにしながら、 次の挑戦である「はやぶさ2」にも弾みが付くことを期待しています。
「はやぶさ2」プロジェクトチーム プロジェクトマネージャ
吉川 真
平成23年12月27日
12月23日、サイエンス誌の選ぶ今年の10大発見に「はやぶさ初期分析成果」が選ばれました。
イトカワの微粒子を分析した結果、宇宙風化の痕跡が見つかり、
これまで推測でしかなかった「最も一般的な隕石のふるさとは小惑星である」という説が証明されたことが
大きく取り上げられました。
はやぶさプロジェクトマネージャおよび元プロジェクトマネージャからのメッセージをお届けします。
サイエンス誌の10大ニュースに選ばれたということは、非常に光栄なことであり、
「はやぶさ」プロジェクトとしては、有終の美を飾ることができて嬉しい限りです。
イトカワのサンプルは、日本だけでなく世界の宝物です。
今後、全世界の研究者によって解析が進められ、
宇宙の謎や神秘が更に解き明かされていくことを期待しています。
「はやぶさ」プロジェクトチーム プロジェクトマネージャ
吉川 真
サイエンスに2回表紙を飾り特集されたことだけでも
今までに1つの日本のプロジェクトではなかったことだけに、
夢以上の思いがしています。
そして、今回、サイエンスの10大ニュースに選ばれたことは、
プロジェクト関係者のこれまでの15年超の成果の現れだと感じています。
皆様、おめでとうございました。
我が国が取り組むべき宇宙開発の方向に誤りがないことを
示す大きな客観性を与えたことと認識しています。
元「はやぶさ」プロジェクトチーム プロジェクトマネージャ
川口 淳一郎
平成23年8月26日
この度、初期分析の成果の一部が平成23年8月26日発行の米科学誌「サイエンス」において
表紙を飾るとともに、6編の論文が掲載されました。
プロジェクトに携わるすべてのメンバーと、応援してくださっている皆さまへ、
川口プログラムディレクタからのメッセージをお届けします。
はやぶさを応援してくださっている皆様および、はやぶさプロジェクトチームの皆様
みなさま、おめでとうございました。
「はやぶさ」プロジェクトに関われた1メンバとして、大変に光栄で、晴れがましく思います。
今回、「はやぶさ」が帰還させたイトカワ試料の初期分析の結果が、SCIENCE誌に特集として 掲載されたことは、分析に参加された国内各大学の研究者、また「はやぶさ」プロジェクトにとって 大きな慶びです。
イトカワの近傍観測の成果の特集に続き、今回、帰還試料に関して再度特集号が発刊されることは、 古くは「さきがけ」・「すいせい」、また「かぐや」での成果をふまえて、我が国の月・惑星探査の成果が、 本格的な成果を出せる段階を向かえた象徴であるように思います。
空間を拓くことで、あらたな姿があきらかになるという、我が国の宇宙開発がかつて夢にまでみた 新しい時代が到来していることを実感させるものです。
「はやぶさ」で示せたことは、日本人が独創の成果を出せるという自信ではなかったかと思うところです。 まだまだ震災に苦しむ方々も多く、ともすれば閉塞感を感じずには過ごせない時世ではありますが、 なにがしかではあっても、我が国の次世代を担う若人に、挑戦する心と自信を植えつけることにつながればと 切望するものです。
「はやぶさ」プロジェクトチーム プロジェクトマネージャ
川口 淳一郎
【サイエンス8月26日号 表紙】
小惑星探査機「はやぶさ」が「イトカワ」より持ち帰った岩石質の微粒子(150ミクロン)
平成23年6月13日
今日、「はやぶさ」は地球帰還1周年を迎えました。
この間も皆さまに引き続き応援していただき、ありがとうございます。
この1年間、「はやぶさ」の成果に驚いたり喜んだり、いろいろありましたが、
今回ギネスからも
【世界で初めて小惑星から物質を持ち帰った探査機】
として認定され、JAXAにその認定証が届きましたのでお知らせします。
平成23年5月27日
5月20日、フォン・ブラウン賞をいただいた際の様子を一部ご紹介します!!




平成23年5月23日
5月20日、アラバマ州ハンツビルにて開催された、第30回国際宇宙開発会議にて、 はやぶさプロジェクトチームが、ナショナル・スペース・ソサエティから、 フォン・ブラウン賞(Von Braun Award)を受賞しました。
フォン・ブラウン賞を受賞しました
5月20日、アラバマ州ハンツビルにて開催された、第30回国際宇宙開発会議(International Space Development Conferece)にて、
「はやぶさ」プロジェクトチームが、ナショナル・スペース・ソサエティ(National Space Society) から、
フォン・ブラウン賞(Von Braun Award)を受賞しました。
受賞理由は、「初の太陽周回天体表面への往復と試料の帰還」
(FIRST ROUND TRIP TO AND SAMPLE RETURN TO EARTH FROM THE SURFACE OF AN OBJECT IN SOLAR ORBIT)
に成功したことです。
フォン・ブラウン博士は、旧ドイツから米国にわたり、アポロ計画を実現させた人物としてよく知られています。 1971 年に来日し、わが国初の人工衛星「おおすみ」を打ち上げてまもなくの、鹿児島宇宙空間観測所(内之浦)を訪れ、 また、糸川博士と対談を行った経緯があります。
栄えあるフォン・ブラウン賞を受賞したことは、 わが国の宇宙開発、太陽系探査が米国、世界に認められた証拠でもありましょう。 糸川博士は日本のフォン・ブラウンとも称されておられましたが、 まさに糸川博士由来の私たち後進の活動の成果が、いわば本家によって、評価いただいたともいえます。
授賞式は、同会議の Gala(祝祭典)にて行われ、松尾先生、上杉先生とともに、 Von Braun の Ferry Rocket と Saturn-V を象った賞をいただきました。 松尾先生は「はやぶさ」にいたる宇宙研の惑星探査の経緯が述べられ、また上杉先生は Von Braun 博士と糸川博士の関連を貴重な写真とともに紹介されました。 賞の授与の際には、出席者が総立ちになり、Standing Ovation を受け、大変に感動しました。
2005年、「はやぶさ」が小惑星に着陸し、そして2回目の着陸後に通信が途絶し、 帰還が危ぶまれる中、アメリカの NBC News の Space Analyst である、James Oberg 氏は、論評で
Somewhere beyond the far side of the Sun, a battered Japanese space probe is struggling to make its critical condition clear to controllers back on Earth so they can diagnose the latest problems, develop another set of "workaround" procedures and implement them by remote control. The project's goal, to return from a years-long interplanetary odyssey with samples from an asteroid, has been teetering on the edge of failure for most of the trip, but the Japanese control team has always been able to work something out before. Even if that goal does slip through the team's fingers, however, the enormously innovative and resilient mission promises to deliver perhaps an even more important cargo back to Earth: a renewed interest in far-out high-risk imaginative space technology demonstrations......
If Hayabusa's inspiration can encourage the expansion of this new program, it will have made an extremely important delivery back to Earth.
と書きました。その後、通信が復旧し、昨年2010年に「はやぶさ」は地球に帰還できたのですが、
「はやぶさ」への評価は、まさにこの論評に象徴されていることだと思います。
かりに帰還が果たせなくても、地球に持ち帰られるものがある。それは、(世論の)宇宙への関心が、
独創的な大いなる宇宙技術への挑戦へと一新されたこと、と述べているのです。
挑戦することこそを評価していただいたと思います。
今、日本は、未曾有の大震災に見舞われ、なお多くの方々が苦難を強いられています。 「はやぶさ」プロジェクトは、多くの困難に対したとき、帰還へのこだわり(意地)と、 あきらめない心(忍耐)で切り抜けてきました。「はやぶさ」が、 震災からの復興を目指す方々には伝えるべきメッセージは、この忍耐であるかもと一時期考えていました。 しかし、それは違っていたかもしれません。忍耐を求めることよりも、我々日本、日本人は出来るのだという力、 ポテンシャルへの自信と、復興に挑戦する勇気を持っていただくことこそが、 「はやぶさ」プロジェクトからの何よりもの励ましとなるものと思います。
今回、フォン・ブラウン賞を受賞したこと、それは、宇宙という狭い世界だけのことではなく、 世界が認めた日本の実力を、日本人である我々が発揮し、自信をもって更なる高いレベルの復興をめざして、 勇気をもって取り組め、と示唆しているものと思います。
がんばりましょう。日本。
「はやぶさ」プロジェクトチーム プロジェクトマネージャ
川口 淳一郎
写真左から上杉邦憲、JohnStrickland、上森規光、川口淳一郎、John Mankins(NSS)、松尾弘毅 各氏
平成23年5月9日
昨年6月に地球へ帰還した「はやぶさ」は本日打上げ8周年を迎えました。
プロジェクトに携わるすべてのメンバーと、応援してくださっている皆さまへ、
はやぶさ8歳の記念に、川口プログラムディレクタからのメッセージをお届けします。
「はやぶさ」打上げ8周年にあたり
「はやぶさ」という探査機を、あの小型のロケット M-V で打ち上げたのかと、ときどき海外からも声をいただきます。 「はやぶさ後継機」を海外ビークルで打ち上げる検討を、多くの機関、会社さんと検討しましたが、彼らは、自分たちのもつ小型ロケットで、 「はやぶさ」のような探査機を打ち出せるとは考えたこともなかったようで、一様に驚かれました。 M-V第5号機は、もてる能力をふりしぼった打ち上げだったわけです。
昨年の今頃は、TCM-1 を完了し、帰還を1ヶ月後をひかえ、残る3つの大きな軌道修正にむけて気を揉んでいました。
TCM-1 は60時間余に及んだ大きな軌道修正でした。しかし、その運転はなんとか完了できたとはいえ、放電を頻繁に繰り返す運転の連続で、
ダメージはないのか、不安でした。この先には、TCM-2, 3 という長時間の運転もひかえています。
なんとなく不安を感じたため、軌道決定が一段落するのを待って、5/11 にイオンエンジンの起動試験を実施することにしました。
大事な TCM-2 の立ち上がりでつまずくと、実施がずれ込んだり短くなりうるわけです。
機会を損なったら帰還もできなくなります、万全を期しておこうということでした。
いまだから明かす1ヶ月前の舞台裏です。
その試験、問題はなかろうと種々の会議をこなしていると、夕方国中さんが、青い顔で飛び込んできました。 うなだれながら、「エンジンが起動できないんです。」 いつこういう事態が起きてもおかしくないと思っていた私は、 「とうとうか」と覚悟を決めました。しかし、何の見通しもあったわけではありません。 「起動の条件を変えてトライしてみて。時間は十分あるので。後で行くよ。」と言うのが精一杯でした。
その後、しばらくして管制室におもむくと、国中さんの顔色は少し明るくなっていました。 試験結果を再生してみて、起動できない原因にこころあたりがあったようでした。 実際、私も立ち会うなか、イオンエンジンは再度起動してくれました。「ああ、良かった。」 思わず国中さんから声が漏れました。
メーリングリストに流れた、西山さんのコメントです。
ちょっと手間取りましたが、3度目の正直で 2分間運転しました。
手間取ったのは、Aエンジンの反射電力が徐々に増加してきており、ついに判定閾値を上回ったためでした。
今回、試運転をしたことで問題が事前に発見できました。やってよかったです。
詳細は書かれていませんが、関係者が本当に肝を冷やした一瞬でした。 これをきっかけに、残りのイオンエンジンの運転は、反射をできるだけ小さくするべく、なお一層の細心の流量調整が行われることとなりました。 我々に、予め注意を与えてくれたとでもいいましょうか。幸運だったと思います。
5/11 は実は、JR東日本が東北新幹線に、新型E5系の「はやぶさ」を登場させると発表した日でもありました。
イオンエンジンの動作試験でまったく余裕をなくしていましたが、メディアから流れてくる「はやぶさ」という言葉に、「あれ」と思ったことを思い出します。
2009年3月に寝台特急「はやぶさ」が廃止になり、我々の命運を予め告げられたようでした。
当時はイオンエンジンの中和器引き出し電圧がじわりじわりと上昇しつづける中、果たして帰還まで持ちこたえられるのか、
大変に不安をもって運用に臨んでいた最中のことでした。
碧(みどり)色という特徴ある車体の新幹線「はやぶさ」の登場は、一旦命運もつきかえた探査機「はやぶさ」が再び息をふきかえし、
1ヶ月後に地球に帰還するのも叶うかもしれない、そんな期待をわれわれにも抱かせるもので、たいへん励まされました。
5月12日は、はやぶさが、それまでの減速方向の軌道修正から加速方向への軌道修正に転じて、搭載のスタートラッカーを地球方向に向けた日でした。 実は、私はこの日を心待ちにしていました。地球と月を直接に確認できる機会が訪れるからです。 もちろん、地球から1300万km のかなた、1ピクセルをはるかに下回る大きさでしか見えないはずなので、点としか見えないはずでした。 果たして、そこに写った地球と月は、あまりにも明るく強いスミアを伴う鮮烈な地球を映し出していました。
特設サイトへの掲載文です。
はやぶさは,先週 5月12日に,搭載の星姿勢計(STar Tracker: STT)のCCD センサを用いて,故郷である地球と月の撮影を行いました。
地球はまばゆいばかりに明るく,画像は強いスミアの影響を受けましたが,月もくっきりと写っています。(地球 -8.3等、月 -4.6等)
地球は,現在いて座とやぎ座の間に見えています。はやぶさは,一路地球を目指して,時速およそ 18000km で航行中です。
あと1月の間、イオンエンジンが無事であることを祈りました。
特設サイトには、細田さんを通じて、詠み人不詳で載せていただきましたが、
≪吾行かん 輝き潤む 碧き星 手がかり孵(かえ)す 終(つい)のひと駆け≫
という歌に気持ちを託させていただいたのは、この時でした。
昨年6月以降、全国各地、本当に多くの方に回収されたカプセルをごらんいただいています。本当にありがたいことです。
プロジェクトに関わられた多くのメンバの方々は、今はもう「はやぶさ」後継機や他のプロジェクト、プロジェクト準備に従事されるようになりましたが、
このチームが一丸となってとりくめた努力と、またメンバの優秀さを誇りに思っています。
大気に還った「はやぶさ」、今、この瞬間にも、我々のすぐそばを通っているのかもしれません。無くなったわけではないと思えるところです。
昨年の、「はやぶさ-7歳」では、誕生日を祝うのも最後と書かせていただきましたが、プロジェクトチームメンバの永久(とわ)の活躍を記念し、 8歳の記念にさせていただきます。
「はやぶさ」プロジェクトチーム プロジェクトマネージャ
川口 淳一郎
平成22年6月24日
「はやぶさ」カプセルのJAXA相模原キャンパスへの輸送完了!
日本時間2010年6月18日02時15分、「はやぶさ」カプセル及び熱シールドについて、豪州からJAXA相模原キャンパス内に設けられたキュレーションセンター(*)までの輸送が完了しました。
(*)キュレーションセンター:試料の受入、処理、保管を行う施設
川口 淳一郎教授のコメント(記者会見でのコメントの要約)
「7年ぶりにカプセルと対面しましたが、まるで新品のようでした。 2007年に閉めたふたは、本当に閉まっていて良かったです。まるでタイムカプセルのようです。 地球から60億km、相模原を母港とすると、母港へ一周して戻ってきました。非常に感慨深いものがあります。 皆さんと一緒に取り組んできましたので、皆さんが祝福されるべきだと感じています。」 <「はやぶさ」広報班 6月18日 04時08分(日本時間)発信>
平成22年6月10日
ウーメラの回収隊から星の便りが届きました。
TCM-4を終えて一息ついた相模原に、豪州の國中先生からカプセル回収班の夜間 リハーサルの写真が送られてきました。この星空に光となるはやぶさを見上げるのも、もうすぐです。 ウーメラ砂漠に設置された方位探索用アンテナが、カプセルからのビーコンを待っています。
平成22年6月8日
はやぶさは,6月3日から5日にかけて,一連の軌道修正に中で最も重要な,地球 縁部から豪州のウーメラ域への誘導 TCM-3 を行い,成功しました.
これによって,はやぶさと搭載カプセルの豪州ウーメラ域への帰還は確実になりました. 地球へ接近する状況をお知らせします.豪州グレンダンボ市から見えると予想さ れる再突入時の光跡予想もお知らせします.6月9日に,最終の軌道修正 TCM-4 を実施し,ウーメラ域へ展開している回収部隊の待つ地域への精密誘導を行います.
はやぶさ,最終着陸態勢へ!
平成22年6月3日
まんが家の里中満智子先生が、はやぶさを応援してオリジナルイラストを書きおろして下さいました。 心のこもった素敵なイラスト有難うございました!
平成22年5月31日
5月24日から 5月27日にかけて,一連の軌道修正の中で最長の修正である,TCM-2 を実施し,ほぼ予定通りに完了しました.
イオンエンジンの運転も,概ね順調で した.軌道修正結果は目下精密な推定を実施中ですが,TCM-3 の実施にむけて十 分に守備範囲内に誘導できたものと思われます.
「はやぶさ」,TCM-2 を完了.
平成22年5月17日
はやぶさは,先週 5月12日に,搭載の星姿勢計(STar Tracker: STT)のCCD セ ンサを用いて,故郷である地球と月の撮影を行いました。
地球はまばゆいばかりに明るく,画像は強いスミアの影響を受けましたが,月も くっきりと写っています。(地球 -8.3等、月 -4.6等) 地球は,現在いて座とやぎ座の間に見えています。 はやぶさは,一路地球を目指して,時速およそ 18000km で航行中です。
はやぶさが,故郷,地球をとらえた。
地球は,いて座とやぎ座の間に見えました。
はやぶさ7歳に
はやぶさ(MUSES-C)は,7年前の2003年5月9日に打ち上げられましたので,7歳の誕生日を迎えました。 はやぶさに携わっている全てのスタッフと、はやぶさを応援して下っている皆さんに感謝を込めて、川口プログラムディレクタの手記をご紹介致します。
「はやぶさ」7歳の誕生日にあたって
思えば早いものです.「はやぶさ」が打ち上がったのが,ついこの前のような気がします.
「はやぶさ」は,開発コードを MUSES-C といいます.MUSES は,音楽の女神の名前で amusement の語源ともなっている言葉で,Mu ロケットによる工学(技術)実験衛星のシリーズを示す名前として,上杉先生を中心に名付けられたものです.
MUSES-A は,あの,「ひてん」探査機,MUSES-B は,VLBI 観測の「はるか」で,はやぶさは,その第3機目という位置づけです.MUSES-C の開発開始から打ち上げまでに7年間,そして飛行開始からもう7年間で,実際のプロジェクトの期間としては,14年間に及びます.
関係された方々には,感謝のおもいでいっぱいです.
このMUSES-Cは,文科省の宇宙科学研究所としては最後の打ち上げでした.2003年5月9日13時29分、快晴でした.とても美しい打ち上げでした. http://spaceinfo.jaxa.jp/hayabusa/movie/data03.htmlにその映像を見ることができます. 2000年3月に ASTRO-E衛星を載せたM-V#4 がトラブルに見舞われる事故があり,MUSES-C の打ち上げは,初のリトライだったわけで,探査機側のみならず,大変なプレッシャでした.
当時,5月の打ち上げは,漁協との合意された時期の中にはなく,的川先生をはじめ関係の方々の非常に大きな努力で,この窓を利用できることになったことを,ぜひ述べさせていただきたいと思います.漁協の方々にも意義をよくご理解頂きご了解いただけたことは大変ありがたいことでした.同じこの5月のウィンドウを,「あかつき」,IKAROS が使うことになったのも奇遇ではあります.
MUSES-C には,2002年12月と,この2003年5月の2つの打ち上げ窓がありました.M-V ロケット系の準備に時間を要したことのほか,MUSES-C 自体にも開発の遅れが出ていて,やむなく背水の陣ともいうべき,この5月の機会に賭けたわけです.地球スウィングバイまでの時間が,2002年12月だと1年半確保されていて,マージンのある設定だっただけに,あと1年しかないこのウィンドウで打ち上げることになったことは,じわりとしたプレッシャでした.
しかしふりかえってみると,新規技術要素の塊である,このMUSES-C が,打ち上げ機会が限定される惑星探査機として期日に間に合って開発を終えられたことは幸運といいましょうか,奇跡的だったかもしれません.関係のイオンエンジンや自律姿勢軌道制御,サンプラ,そして回収カプセルの携われた方々の大きな努力の方々の賜物だったと思います.
この先駆的なミッションの開発が遂げられて,こうして飛行も最終段階にあることは,50年におよぶ航空宇宙技術研究所,宇宙科学研究所の土壌,そしてともに技術開発を支えて培ってこられたメーカの方々がともに育んだ成果なのだと思います.
私たちもそういった方々の一部としてたまたまこの時期に携わっているといえるわけです.そういう意味では大変にありがたいことで,このめぐり合わせを素直に喜びたいという気持ちでいます.
M-V は,その額面の輸送能力からすると,MUSES-C を所定の軌道には投入できないはずですが,このM-V#5 号機では,第3段目をあえてパーキング軌道に載せず,第4段目を大型化してM-V ロケットの性能を限界まで引き出していました.第4段ロケットモータKM-V2 は,推進薬量が3トンを超えていて,M-3SII 型機でいえば,主推進ステージである第3段ロケットモータの同クラスにあたる,巨大キックモータでした.加えてその第4段モータに新規に伸展ノズルを装備した他,第2段ロケットモータも初飛行となる新型のM25 に切り換えられ,M-Vロケットにとっても,第2世代だったわけです.
宇宙研らしいといえるかもしれませんが,これらすべてが正規に機能しなかったら MUSES-C の軌道投入ができないわけで,ロケットから搭載探査機まで,まさにてんこ盛りの状態でした.
M-V#4 のトラブルがあったとはいえ,実は,復帰第1号機のM-V#5 でMUSES-C を打ち上げられるかは微妙な時期もありました.惑星探査というもの,その打ち上げ窓は,離散的にしか存在しません.一旦機会を逃すと,次の機会は容易には得られないわけです.加えて,サンプルリターンが可能な小天体は,かりにスペースシャトルで打ち上げたとしても,そんなに数は多くなく,おそらく当時は数個しかなかったと思います.
今でも事情は同じです.M-V#4 の後,M-V ロケットへの改修・対策が議論される中,M-V#5 で打ち上げる衛星,探査機は何にすべきか?という議論がありました.MUSES-C はすでに設計を完了し製作中だったため,候補天体のよほど良いめぐり合わせに恵まれないかぎり,MUSES-C は上げられず,お蔵入りするところでした.
1998SF36 についても,残念ながら,要求される打ち上げエネルギーが高く,そのまま同じ方策では打ち上げ不可能でした.苦心の末,地球との同期軌道を介してイオンエンジンで加速していく新方策を考えつくことができ,今日の「はやぶさ」の飛行が実現されているわけです.
M-V#5 号機で打ち上げると決まった後,この工夫をそれまでの4大技術実証要素に加えて,5大技術要素として掲げてきています.これはいわばまったくの幸運です.ただ,NASA が我々の遅れをみて,短期間でサンプルリターンを先行してしまうのではないかという観測や懸念もあり,安閑としては居られない状況がありました.LUNAR-A 計画を進めておられた水谷先生が,「そうか,(アイディアを)考えついちゃったんだから..(MUSES-C)が先でいいね」と述べられて,MUSES-C 打ち上げを優先することにご理解をいただきました.関係の方々のご理解がなければ,極端にいえば,まだ打ち上がっていなかったかもしれません.
私自身,M3SII, M-V ロケットに従事してきていたため,打ち上げには慣れていたはずでしたが,34mアンテナ局舎内で探査機の状態をみながら迎える打ち上げは初めてで,非常に不安な心境でした.衛星,探査機の打ち上げは「入学試験のようなもの」と言われた先生もおられましたが,探査機が生まれるか否か,自身に何もできることがない状況なのですから,まるで死刑台にでものぼるような心境でいました.
探査機搭載のXバンド送信機は,完全に真空状態になってから起動される予定で,一同ロケットが内之浦の視界から消えてしばらく沈黙を迎えました.誰かが,「DSN から入感」と声を上げ,打ち上げからわずか20分後には,探査機からのテレメータを34m局舎で直に確認することができました.これは率直なところ驚きでした.探査機は太陽電池を展開し,太陽捕捉を完了しなくてはなりませんでしたが,それらの経緯もみな打ち上げ後まもなく確認できていました.想定通りではありながらも,1985年の「さきがけ」,「すいせい」では,テレメータ情報は約10時間後に初めて確認しただけに隔世の感がありました.
あまり知られていなかったことかもしれませんが,MUSES-C は,太陽電池をたたんだ状態では,+Z 軸周りが中間軸であって,原理的にスピンを維持できない形態で,したがって,自律的に太陽捕捉を行わなくてはいけなかったわけです.これが順調に実施できたことが何よりもの安堵でした.実は,太陽電池を広げた状態では,+Z 軸まわりが最大軸になっていてスピン安定な形状で,これが活きて2006年の通信復旧が実現したのですから,おもしろいものです.
<はやぶさの命名>
当時,打ち上げオペレーションに参加する方を中心に投票を行い,複数の候補を出して,その中から宇宙研内の協議によって,名前を選抜していました.
「はやぶさ」と並んで,というか,「はやぶさ」という名をむしろしのぎ気味だった候補に,ATOM(アトム) という名がありました.的川先生を中心に組織票が投じられていた案で,この名は,ごぞんじアニメの名称ではありますが,Asteroid Take-Out Mission の頭文字という奇抜でユニークな案でした.
「はやぶさ」は,それに対抗して?上杉先生と私が旗を振って出した案です.MUSES-C 探査機の試料採取は,1秒ほどの間に着地と離陸を行って(Touch and Go) 実施されるものだったので,その獲物を捕獲する様子から,「はやぶさ」とあてた案でした.協議の中で,的川先生が,「最近の科学衛星は,「はるか」とかおとなしい感じの名前や3文字の名前が多いので,濁点も入った勇壮な「はやぶさ」もいいね」,とおっしゃっていただき,「はやぶさ」に決まったというのが経緯です.最初がH で始まると海外で読まれるときに,たとえば「あやびゅさ」になる難点にも気づいてはいましたが,関係の方々からも賛同を得て,今日の名前となっています.
もちろん,その昔,東京−西鹿児島を走った「特急はやぶさ」とか,鹿児島県の地名であり「隼人」にもちなんだ面もあります.漢字で書くと,「はやぶさ(隼)」という字は,下にサンプラホーンが伸びていて,上にハイゲインアンテナがあり,ちょっと上下の位置は違うものの太陽電池も横に張り出していて,漢字1字をみても大変探査機らしい名だと,私は感じています.
「はやぶさ」は,同時に,糸川博士が設計を担当した軍用機の名称でもあります.よく,小惑星の名前がイトカワであるから,探査機を「はやぶさ」に命名したのではないかと言われますが,そうではありません.打ち上げ時には,対象となったこの小惑星は 1989SF36 という識別名だけが与えられていました.その命名権を発見者である米国LINEAR 計画グループからゆずり受けて,打ち上げ後しばらくしてから,イトカワと名付けたのが経緯です.もちろん,命名権を得て,ただちに,「イトカワ」だ,というようには,経緯は簡単ではありませんでした.
まず国際天文連盟(IAU)の基本方針は,できるだけ神様の名前をつけるべきとかで,たとえば日本書紀の神様の名まであがってくる議論もあったりしたわけです.その経緯の中で,小惑星1998SF36に日本のロケット開発の父である故糸川英夫博士の名前を付けてもらうよう、LINEARを通じて国際天文学連合に提案し、2003年8月に承認され「ITOKAWA(糸川)」と正式に命名されました.
意外に知られていないかもしれませんが,それを知っていたかのように,糸川博士が生んだ,1970年に打ち上げられた,我が国初の人工衛星「おおすみ」が33年の寿命を全うして,2003年8月2日落下しています.2003年10月のJAXA発足前に宇宙科学研究所としての1つの時代の幕が引かれたといえるでしょうか.
偶然ではありますが,糸川博士の生んだ「おおすみ」が任務を終え,代わってこの「はやぶさ」が,イトカワを訪ねる任務に就いたことも深い関係を示す感慨深いエピソードです.なにはともあれ,「はやぶさ」がそのルーツをたどるシナリオ(「はやぶさ」が行くイトカワを訪ねる旅)に落ち着いたことは,さらにチームに志気を与えるものでした.
打ち上げからまもなくして,2003年6月には,はやぶさの初期運用中ではありながらも,「のぞみ」の第2回目の地球スウィングバイがあり,2003年暮れの火星到着を目指して飛行させていて,2つの惑星探査機を同時に運用していた時期がありました.今年2010年にも,「あかつき」,IKAROS,そして「はやぶさ」と3つの探査機の同時運用時期を迎えましたが,これも,奇妙にも2003年とダブって映るところです.
長くなりましたが,これが「はやぶさ」の最後の誕生日になるのだ,という思いから打ち上げ時を回想させていただきました.「はやぶさ」には,打ち上げ以降,大変な辛苦を課して来ました.彼自身こそが,数多くの指令にも,けなげに応えてくれたおかげで,今日を迎えられたものと思います. 新たな将来を産んでもらうためにも,我々とともに,「はやぶさ」にも,もう少しがんばってもらいたいと思うところです. 最後は無理をせずに....とは思いつつ.
かわぐち
平成22年5月10日
はやぶさは,昨日 5月9日で,満7歳を迎えました. TCM-1 は,5月1日から5月4日にかけて行われ,ほぼ計画通りに実施されました.
TCM-0 で接近した位置と TCM-1 を終えた位置があまり地球表面から変わってい ないと思われる方も多いかと思います.TCM-1 では,豪州付近に到達する時刻を 調整するために実施されたもので,直接に地球接近に向けて距離を短縮すること を目的とはしていなかったためです.その後実施される TCM-2 と併せて,ベク トル的に太陽方向へ加速,すなわち地球へ接近させるための軌道修正となってい ます.姿勢に大きな制約があるためです.これを説明したものが添付の図です. 今週は,光圧による風車効果で蓄積した角運動量(言い換えればホイールの回転 数)を低減させる運用があります.それ以降は,TCM-2 の実施に向けて,精密軌 道推定を継続する予定です.
「はやぶさ」,TCM-1 を完了
平成22年5月6日
2010年5月4日11時57分(日本時間)、TCM-1が正常に終了されたことを確認しました。 この運用により、豪州上空を通過する時刻を調整しました。なお、5月4日現在の「はやぶさ」と地球との距離は約1660万kmで、探査機の状態は良好です。
「はやぶさ」TCM-1、地球リム部への誘導完了
小惑星探査機「はやぶさ」搭載カプセルの地球帰還について
平成22年6月に予定している「はやぶさ」搭載カプセルの地球帰還に関し、4月16日(金)に着陸想定地を管轄する豪州政府から着陸許可を得ました。
なお、カプセルの再突入の日時は、現在の計算によると、平成22年6月13日、日本時間23時頃(協定世界時14時頃)、着 陸場所は豪州ウーメラ立入制限区域の予定です。 引き続き、はやぶさの地球帰還、カプセルの再突入へ向けて慎重な運用を続けるとともに、 適時、運用状況についてお知らせいたします。
※協定世界時(UTC): 全世界で時刻を記録する際に使われる公式な時刻
最新の軌道計画に基づいた軌道誘導の概要(検討中のものであり確定ではありません)
平成22年4月11日
はやぶさは,3月27日にイオンエンジンによる連続軌道制御を終了し,今後6月の 再突入にむけて,全部で5回の軌道修正を予定しています.
図で示すように,各 回の軌道修正により,はやぶさの地球に対する接近距離は,少しずつ短縮されて いきます.
今回から,B-平面上での表現に代わって,衝突パラメータと,地球へ進入する軌 道の傾斜角を軌道修正を追うごとに変化させていく計画を掲げることとしました. 衝突パラメータとは,重力がはたらかないで通過する場合の最接近距離を指しま す. 全TCM を通じて,NASA 深宇宙追跡網による常時追跡およびテレメトリ,指令送 達に関する支援と,カリフォルニア工科大学ジェット推進研究所による速度計測 モニタの支援を受けることになっています. はやぶさは,4-5月には,双子座のポルックスの東側に見えているはずです.は やぶさはほぼその方向からまっすぐ地球に向かって接近してきます. TCM: Trajectory Correction Maneuver 軌道修正を指します.
「はやぶさ」,初回軌道修正(TCM-0) を完了
平成22年3月31日
はやぶさは,3月27日に,昨年春からの第2期の軌道制御を終了しました.
3月31日に得られた軌道の推定値によれば,ほぼ計画された目標点を通過する軌道に到達したことが確認されました.
BR-BT 図で見るように,計画通りに目標点を捉え ていることがわかります.慣性系での図では,目標軌道よりも鋭く曲がる軌道と なっているように見えますが,これは,到達点との間になお誤差が残っているこ とを示しています.昨年11月から採った新たなイオンエンジンの運転形態では, どうしても直接には監視・管理できない情報があって,このために実際の推力の 大きさに誤差が出てしまいます.図でみるようにスウィングバイは非常に大きな 感度をもっているわけです.われわれもよく多用する手法ですが,大きな軌道制 御能力をもつ反面,非常に正確な誘導技術を必要とします. これから6月までの間に,さらに数回にわたって軌道の微調整を行っていきます が,NASA 深宇宙局網の支援も得て,軌道修正中は,実時間での常時監視を行っ て,この誤差を把握し,精密に誘導していく計画です.
「はやぶさ」地球引力圏を通過する軌道へ!
平成22年3月25日
はやぶさは,順調にイオンエンジンの運転を続け,南極側を地球への衝突をさけ つつ,夜側を通過する軌道に移ることに成功しました.
3月27日に,昨年春からの長かったイオンエンジンの連続運転を完了・終了しました.
BR-BT 面上での距離は換算が必要ですが,目標点に到達した現時点では,最接近距離は地心から約2 万km,高度にして約1.4万km です.残るは,多数回の軌道の微調整で,現在,それにむけて準備を整えつつあります.
「はやぶさ」の軌道,南極側を通って夜側に.目標点まであとわずか.
平成22年3月17日
はやぶさのイオンエンジンは順調に運転されています.連休をはさむことになり,更新が遅れてご心配をおかけしました.
今週から軌道の表示を詳細にしました.少し説明が必要です.
はやぶさのカプセルを地球の大気に突入させるためには,突入速度を低減させる ために,地球の自転方向に,つまり北極方向から見ると,反時計まわりに進入さ せる必要があります. 現在は,地球からみて太陽側(昼側)を通過する軌道になっていますが,それを 太陽の反対側(夜側)を通過させる軌道へと移す必要があるわけです.スウィン グバイして地球を出る方向は,夜側から接近すると逆の方向になります. このとき,万一イオンエンジンが途中で停止することも考えると,一瞬でも地球 に衝突させる軌道を通過させることはできないため,通過する軌道が南極のはる か上空を通るよう計画されています. イオンエンジンの運転は3月の末まで継続しますが,運転を終了した時点では, 誘導誤差が残ることが避けられないため,いきなり地球表面すれすれをねらうこ とは難しく,このため意図的に大きく離れた地点を通過するように,仮の目標を 定めています. はやぶさの軌道修正では,化学エンジンを運転できず,太陽方向や反太陽方向へ の加減速を自由に行うことができないため,4月以降の軌道修正が容易に実施で きるよう,また正確に実施できるように,この仮の目標点を設定しています.は やぶさは,当面は,この仮の目標点に向かって誘導されていくことになります. 3月20日現在,地球への瞬時再接近距離は,約4.6万km です.まもなく,静止 軌道の内側を通過することが確実になります.
「はやぶさ」,静止軌道付近を通過する段階に.
平成22年3月10日
先週から今週にかけてイオエンジンの運転を止めて,精密軌道決定の作業をしました。
イオエンジンの運転を止めて,精密軌道決定の作業をしていたため,今週は先週からそれほど接近距離を縮めていません。最接近距離は,約13万km になりました。
地球により接近するようになったので,このまま進むとスウィングバイしてしまいます。その様子を図でみることができます。これからは,すこしずつ微調整を含めてイオンエンジンを運転していくため,週毎の接近距離の短縮スピードは落ちてきます.
「はやぶさ」精密誘導段階へ
平成22年3月3日
いよいよ,月への半分の距離,約16万km を通過する軌道に到達しました。
3月5日からは一旦イオンエンジンの運転を止め,精密に現在位置,速度を計測します。残りの期間は,単純に距離だけではなく,微調整を含んできます。
「はやぶさ」月までの半分以内を通過へ
平成22年2月24日
「はやぶさ」は,月の内側を通過する軌道にのったことが確認されました。
先週の軌道推定の結果,はやぶさは,月の内側を通過する軌道にのったことが確認されました。6月の地球からの最接近距離は,約31万km になっています。はやぶさ搭載のイオンエンジンは順調に運転されています。3月初めには,一旦エンジンの運転を止め,精密な軌道推定を行う予定です。
「はやぶさ」いよいよ月軌道の内側へ!
平成22年2月18日
「はやぶさ」は,順調に地球接近距離を縮めてきました。
今週、その最接近距離が 47万km にまで近づくことが確認されました。まもなく月の内側を通過する軌道に入ります。ようやく、ゴールが見えてきました。
「はやぶさ」まもなく月軌道の内側へ
平成22年2月15日
はやぶさのイオンエンジンは,今週も順調に運転ができています。
現時点での地球への最接近距離は,60万km にまで小さくなりました。あと一息で月までの距離の内側を通過するようになるでしょう。太陽までの距離も,しだいに1天文単位(地球の公転半径)にまで近づき、探査機の各所の温度も上昇してきています。一転してヒータ設定を変え、温度上昇を防ぐ運用に変わってきています。交信時間も,片道 2分ほどになり、通信速度も上昇してきました。
「はやぶさ」, あと 60万km
平成22年2月8日
はやぶさが、約75万km まで接近して通過する軌道に到達しました。
月までの距離の約2倍の距離にあたります。イオンエンジンは順調に運転されています。ほぼ計画通りの目標線に沿って誘導されてきています。2月下旬には月の内側へと誘導されてくる予定です。
「はやぶさ」月までの2倍まで接近する軌道に
平成22年1月27日
はやぶさのイオンエンジンは順調です。今週水曜には、はやぶさが地球から100万km を切る地点を通過することが確実になりました。月までの距離の 2.5倍です。
毎週約15万km ずつ最接近距離が短縮されていて、約1ヶ月後には月までの距離を切ると思われます。はやぶさは、今太陽から 1.3天文単位(AU)、地球から 0.3天文単位のところを飛行しています。
「はやぶさ」地球まで100万km 以内に戻ることが確実に
平成22年1月20日
先週から今週へと、はやぶさは地球帰還へむけて順調にイオンエンジンの運転を継続しています。最接近距離は115万km と、月への距離の3倍を切りました。残りのイオンエンジン運転期間は、約2ヶ月です。
軌道図は、「はやぶさ探査機母船の地球への帰還」を示していますが、今後の運用の焦点は、地球大気への精密な誘導でそれによって「はやぶさ搭載のカプセルの地上帰還」が可能になります。
「はやぶさ」地球帰還へ順調。残り2ヶ月間のエンジン運転
平成22年1月13日
はやぶさは、先週からまた一歩地球に接近する軌道へと移りました。最接近距離は、約140万km です。面外からの接近状況も計画通りに推移しています。地球の引力圏を通過する軌道へのったということは、はやぶさが地球への往復飛行に一応の区切りをつけたこと、帰還できたことを示しています。
今後は、月軌道半径を通過する軌道へと移行し、また地球大気への再突入、そして地上でのカプセル回収と一歩一歩進めていく計画です。地球まで約6000万km。イオンエンジンによる航行もあと2ヶ月となりました。
「はやぶさ」地球引力圏を通過する軌道に帰還できました
平成22年1月6日
イオンエンジン運転再開後の軌道情報が更新されました。はやぶさの地球に対する瞬時最接近距離は、160万km にまで近づきました。はやぶさの掲げる大きな目標は、地球への帰還、すなわち往復の飛行にあります。はやぶさの飛行計画では、一旦地球に捕らえられる段階を経由しませんので、どの時点で、地球に戻れたと述べてよいのかは難しい質問です。
地球の「引力圏」の大きさについては、いろいろな定義があり、(1/3) 乗則によれば 216万km、(2/5) 乗則によれば 92万kmを引力圏の半径と述べる場合もありますが、Hill 圏として 150万kmとするのが合理的です。無限小の第2天体に対する ラグランジュ点 L1、L2 点までの距離は、Hill 圏半径に等しく、L1、L2点はHill 圏球面上にあるといえるからです。もともと明瞭な境界があるわけではないですが、尺度としてこのページでは、Hill 圏を引力圏としています。
来週の軌道情報の更新時には、はやぶさの地球に対する瞬時最接近距離が地球の引力圏の内側に入ったと発表することができると思います。
※瞬時最接近距離が地球の引力圏の内側に入ったと言っても、そのまま地球に捕獲されて地球を周回し始めるわけではありません。
「はやぶさ」地球引力圏まであとわずか
平成21年12月31日
「はやぶさ」は、12/27 までイオンエンジンの運転を継続し、同日から 1/1 の夜まで、同エンジンを停止し軌道決定(探査機の位置速度を精密に推定する作業) を実施しました。この作業には、JAXA の局はもちろん、NASA 深宇宙追跡局網の複数の局が支援し、ΔVLBI 観測も含めて、正確な軌道を把握しました。 今後の航行にとっても不可欠の作業です。
元旦の夜、イオンエンジンの運転を、昨年11月以降に採用していた A-B 複合モードで再開しています。 「はやぶさ」は地球から 0.5 天文単位の距離を切り、順調に地球に接近しています。来週中には、地球引力圏に帰還できたことを宣言できると思います。
「はやぶさ」地球引力圏まであとわずか
平成21年12月24日
はやぶさは、その後も順調にイオンエンジンによる航行を継続しています。今の時点から以降の飛行を、イオンエンジンを運転しないで飛行したとして(弾道飛行)、地球からの最接近距離が、200万km を切りました。もうわずかで地球をとらえられます。
この年末、はやぶさはイオンエンジンを一旦停止し、精密な軌道決定(軌道情報を正確に推定する作業です)を実施し、新年あけに再起動して航行を継続します。
「はやぶさ」地球引力圏まであとわずか
平成21年12月17日
はやぶさは、11月上旬に中和器に問題が発生して一旦イオンエンジンの運転を休止しましたが、新しい形態に鞍替えした方式での運転方法にメドがつき、先月中旬から運転を再開しています。まだまだ、実際の地球からの距離は1億km のかなたにありますが、すでにはやぶさは地球にかなり接近する軌道に乗ってきました。 今の時点から以降の飛行を、イオンエンジンを運転しないで飛行したとしても(弾道飛行)、地球から約200万km の地点を通過する計算です。これは、地球と 月の距離のおよそ5倍の距離で、地球引力圏の1.4倍くらいの距離にあたります。もうわずかで地球をとらえるところまできました。もうひとがんばりです。
今は、一週間に15〜20万km の速さで、徐々により近く地球をとらえつつあります。図からは3月に地球をとらえるように見えますが、実際に帰還するのはもっとずっと先になります。でも、その頃には、帰還できるかどうかがもっと明確になっていることでしょう。成人の日の頃には、はやぶさが地球の引力圏内にもどってこれるかがわかると思います。楽しみにしていてください。はやぶさプロジェクトでは、ときどきこの情報を更新していきたいと思っています。















































